丸日記

丸海てらむの日記です

進撃のエレンかわいそうすぎるっていう話

今更ながら進撃の巨人のことを思い出している。

 

完結してからもう丸二年も経っているのか。諌山先生はあれで一生食えるだけ稼いだと思うので、次回作があるかどうかもちょっとわからない。それでも作家というのは描くものだろうか。

 

エレンの一生のことを思い返して見る。時系列順に、エレンの心境を中心に。エレンの主観から見た世界がどうなっているのか、エレンの気持ちを追体験してみたい。

 

 

 

 

エレン生誕。父はグリシャ、母はダイナ。一人っ子。父は医者で、地下室には入らせてくれない。母にはよく怒られている。壁の外には巨人がいて、人類はこの壁の中でしか暮らせないという世界。

幼少期は愛されて過ごす。

エレンの幼少期、それなりに幸せなはずなのだ。主人公にありがちな家庭内の確執みたいなものは、しばらくは全くない。

友人アルミンは父(だったっけ祖父だったっけ)が学者で、外の世界のことをちょっと知っている。壁の外はどうなっているのだろう? 怖い巨人がいて誰も出られない。いつか壁の外に出られたらいいのにな、と夢見て過ごす。

ある日父の診療についていって、ミカサという女の子に会いに行く。どんな奴だろう? ところが戸を開けると一家は皆殺しにされていて、父は憲兵を呼びに行く。ミカサは無事なのか……?

エレン、単身で強盗の隠れ家を見つけ、即席で槍のような武器を作り、それを戸口に置いてナイフひとつ持って家に入る。迷い込んだ子供のふりをして近づき、不意打ちで殺害。もう一人が追ってくるところを逃げ、戸口にあった武器を取る。相手はこちらの武器がナイフしかないと思っているのと、真っすぐ前に走ってきていることから、この槍を避けられない。無事に二人殺害。この害獣め! ……三人目がいる? 取り押さえられ、首を絞められ、動くことができない。ミカサは? 何もできずただ見ている。……どうしてだ? 戦わなければ勝てない、負ければ死ぬ、勝てば生きる。この世界は残酷なんだ。戦え、戦え! ミカサが最後の強盗を刺し殺し、無事に二人は助かった。

正義による義憤、まだ9歳なのにすごい行動力だ。計画性もある。

父に怒られるが、この場合は殺人だって赦されるはずだ! あいつらなんて人間じゃない、……違うんだエレン、お前が心配だったんだ、と抱きしめられる。

以降ミカサと一緒に暮らすことになる。もちろん友人アルミンもいる。

 

幼少期エレンのつらい記憶はせいぜいこれくらいだろう。後は父にも母にも恵まれて、友人もいて、ミカサもいて、それなりに幸せな日々だったはずだ。……あの日までは。

 

日に日に調査兵団への憧れが募り、母に諫められるも、父はどうやら理解を示す。「帰ったら地下室を見せてやろう」! やっと! まだ入ったことのない、母さんにも秘密の、地下室を見せてくれるなんて。父さんが帰ってくるのが楽しみだ。……もちろん、その日のうちに世界は一辺して、地下室どころではなくなるのである。

壁から顔を出す巨人、壊された壁。家は?! 内側の壁へ逃れる人々の波をかきわけ逆流し、角を曲がると家はガレキの山になっている。母が潰されている。助けなければ! アルミンと二人がかりでもガレキは持ちあがらない。母は自分を置いて逃げろと言うが、そんなことできるわけがない! 迫る巨人、やばい、―――ハンネスさん! 巨人を倒してくれ、そして母を助けてくれ! ところがハンネスさんは自分とアルミンを背負って逃げ出す。ありがとう、と母は言うが、母は……? 巨人に食われる母の姿を、その目で、9歳の目で見てしまうエレン。

 

ハンネスさん! どうして母さんを見殺しに―――「俺に、勇気がなかったからだ……!」―――。

 

放心の中、人は食われ、壁はもう一つ壊され、船に山ほど詰め込まれた避難民のひとりとなって、内側の壁へと流れていくエレン。

巨人が、あいつらが悪いのだ。駆逐してやる、一匹残らず! 母さんの復讐のために、人類の未来のために、外の世界を探検するために、巨人に支配される恐怖から自由になるために。

 

さて振り返ってみると、初見で読んだときと同じく「わけもわからず外から怪物が攻めてきて、そいつらと戦っていくぞ」という導入なんだけど、後から読むとだいぶ印象が違う。

元々あった巨人たちと、今回壁を割った巨人は別の勢力なのである。元いた巨人は、この壁内人類たちの祖先が、壁外の人類たちから自分たちを守るために作ったものでもある。壁と巨人によって守られ、壁外人類の脅威から守られて生きていたのだ。

壁を壊したのは壁外人類のうち最も大きな国マーレの巨人たち。かつて巨人の力を奪った国で、最も大事な力「座標」、「始祖の巨人」を奪うために壁内に攻撃・潜入しに来た。始祖の巨人は誰が持っている? マーレも知らなかったが、壁内で王家が代々継承していた。隠し場所はマーレも誰も知らない……はずだったが、エレンの父グリシャがこれを突き止める。エレンの父は実はマーレで密かに巨人の力を得て壁内に逃げて来た者で、同じく「始祖の巨人」を奪うために潜入していた。ただし目的は壁内人類を救うため。マーレによって壁が壊された後、レイス家を襲撃、エレンの父はついに「始祖の巨人」を奪う。

壁破壊後、ライナーアニベルトルトが壁内に潜入。かくして「始祖の巨人」争奪戦が始まる。

そういえば各陣営の目的とか勝利条件ってどうなってるんだろう。

・マーレの戦士たち(ライナー、アニ、ベルトルト)
始祖の巨人を奪いに来た。どこにいるか誰なのかもわからないが、探し出して捕食するなりしてマーレに持ち帰りたい。

・そのほかマーレ国(ピーク、クサヴァー、ジーク、ガリアードなど)
巨人の力を使って軍事国家として君臨してきたが、最近近代兵器が強すぎて国として弱ってきている。軍事力増強のために「始祖の巨人」が欲しい。戦士たちの帰りを待っている。

・そのほかの国たち
マーレと戦争中。壁内のことはあまり気にしていない。とりあえず傍にいる脅威のマーレを倒したい。

・エレンの父、グリシャ
エルディア人、壁内人類を救う。始祖の巨人の力を奪い、これをエルディア人のために使いたい。どうしたらいいのかわからないが、とりあえず始祖を奪ってエレンに継承させた。

・大人エレン(進撃を通じてグリシャに語り掛ける)
ジークを媒介に始祖の力を使って「地ならし」を発動して、壁外人類を皆殺しにしたい。

・エレン、及び他の同期の訓練兵たち
何もわかっていない。壁外の巨人どもをぶっ殺して自由になりたい。

 


さて幼少期エレン視点に戻る。巨人に母さんを食われた、人類の活動領域が後退した、巨人ぶっ殺す! というところまで。

その夜、父が怖い顔をして帰ってくる。今までどこにいたんだ?! (レイス家を襲撃して始祖の力を奪って来てた)怖い顔をして鍵を渡され、注射を打たれる。その後頭痛がして記憶がない。……父と会ったのはそれきりになってしまった。急に行方不明になって、どうするんだ。

一夜にして父も母も喪ったショックは相当大きかったはずだが、「親を亡くした子」としての悲惨さはあんまり描かれていない。ちなみに行方不明のクソ親父は今頃どこで何をしてるんだ、俺がこんな大変なときに、と今後ずっと思い続け、いつか父が帰ってくるはず、と思っているが実はこの晩に自分が食っちまってたことに気づくのは相当後である。

 

さて訓練兵として修業して、けっこう良い成績を残す。10番以内に入った。このときアニライナーベルトルトが好成績を残しているのは巨人の力のおかげだと思ってたけど、それよりマーレで戦士として修業してたのが活きてるのかもしれない。

 

もうすぐ卒業、というところで再び超大型巨人の襲撃。今度こそ倒す! はずが逃してしまう。壁に入りこむ巨人、戦うが、勝てない。アルミン、いつか外の世界を探検しようって、……アルミンの身代わりに食われてしまい、こんなはずじゃ、……気を失って、自分が巨人になって他の巨人をギタギタに倒す夢を見る。起きたら自分の体は無事で、壁の隅っこで兵士たちに囲まれている。「お前は巨人か、人か?」アルミンとミカサがかばってくれるが、状況がわからない。何が起きた、困惑するままに砲弾を受けるも、父の言葉を思い出す。「お前はこの力を支配しなくてはならない」。

本能のまま手を噛むと、巨人体が出現して身を守ることができた。この力は……? でもわかる、これは自分の力だ。使い方もなんとなくわかる。次は15m級になって二人を抱えてここから逃げ出せるはずだ。……ただ、アルミンがもっと良い案を思いつくかもしれない。

アルミンに任せたところ、説得に行き、ピクシスの助けもあってどうにか助かった。

 

未だに状況は飲み込めていないはずだ。確かに自分は巨人になれる、その力がある、と確信するんだけど急なことで何もわからない。

「壁の穴を塞げるか?」ピクシスに問われて、わけもわからぬまま作戦が始まる。できない、と言えば人体実験か処刑かどうなるかわからない。

巨人化し、正気を失いながら、身体がグチャグチャに潰れそうになりながら、巨人体でもやっと担げるほどの大岩でどうにか穴を塞ぐ。全ては自由のために。

 

その後裁判がある。自分はこれからどうなるのか。お偉いさん方がなんかグチグチ言っているが、巨人の力なんてあれば助かるに決まってるだろう、何もできない無能どもめ、金だけならいくらでも持ってるんだから黙って俺に投資しろ! と言ったところでリヴァイに蹴られ、彼の部下になることが決まった。

 

突然森に行こうとエルヴィンが言い出す。今の自分の立ち位置は微妙なところだ。壁内でも危険視されていたり、力のことが何もわかっていない。

困惑するまま森に行くと、「知性を持った」巨人が現れる。部隊は壊滅しつつも森の中で戦闘になり、知らぬ間に罠にかかって女型は捕獲された。ところが自分を食わせて女型は脱出。何が起きている?

女型と再戦闘。巨人化しようとしたら制止され、リヴァイ班を信じて任せるも壊滅。最初から俺が自分を信じていれば――! 戦闘になるも敗北、どうにかリヴァイとミカサに救出され生還。

同期のアニがその正体? まさか、となるがアルミンが言うならそうかもしれない。捕獲作戦が実行されどうやら本当だとわかる。再戦、周囲の助けもあってどうにか捕獲。ただし水晶体に閉じこもってしまう。

 

 

これ全部書いてたらすげえ長くなってしまうな。大きなブレイクスルーがあったとこだけ書くか。

 

ひとつは「敵は巨人だと思ってたけど、壁外人類だった」というところ。地下室の手記だ。ふたつめはヒストリアの手に触れて未来の記憶を見たところ。この二つが大きな変化点だった。

それまで「敵は巨人、巨人を倒して人類は自由になるんだ」と思っていたのに、ウォーリマリアを数年ぶりに取り戻して例の地下室を見てみれば「壁外人類と壁内人類の争い」「巨人の力」とかいろいろ知ってしまい、世界とどうやって戦っていけばいいんだ、と途方に暮れる。今まで相手してた巨人なんて屁でもなくなったが、代わりに世界全部が敵になってしまった。

その後すぐヒストリアを通じてエレンの記憶が開く。これからのこと、ジークの安楽死計画、イェレナの暗躍、壁外の団結、世界との対話の決裂、自分が地ならしを決意するまでの過程、ジークとの接触、そして世界を滅ぼさんとする様子、大地を覆う幾千万の巨人たち、そのてっぺんにいる自分。

壁内が滅ぶ、世界と戦う、それを救うために自分が地ならしを発動させて、無数の巨人で大地を踏み鳴らす……その景色を見て、「エレン?」怖い顔になってヒストリアが不審がるのも当然である。

 

本当にこれしかないのか? 「なあ……向こうにいる敵 全部殺せば、俺たち自由になれるのか?」これは比喩でもなんでもない、見た景色のことをミカサとアルミンに問うているのだ。

 

以降のエレンの行動はこの記憶にぜんぶ支配されていると言ってもいい。ミカサやアルミン、みんなを救うには、やはりこれしかない。イェレナを騙し、ジークを騙し、そのためにみんなのことも騙し、敵対したふりをして、安楽死計画に乗っかったふりをして、最後の最後でその力は地ならしのために使う。壁外の脅威は去り、アルミンやミカサたちは自分を倒し、彼らは英雄になる。

そこまで見えていたんだろう。本当にこれしかないのか? ずっと問い続けて、記憶で見た通りの景色が目の前で展開されるのを見て、イェレナが来て、世界との交渉が失敗するのを見、ジークがいて、壁内に潜伏し、マーレの人々の過ごす様子を見て、いよいよ壁外との対立が決定的になるのを見、戦槌を食い、何もかも見た通りに進んでいく。しかしそれしかなかったのだ。

 

未来が見えるというのはかなり悲惨なことかもしれない。

 

かわいそうなエレン。彼は自由ではなかったけれど、彼のおかげで壁内のみんなは自由になれた。善人か悪人かと問われると難しい。自分や友人が殺されそうになり、それを止めるには殺そうとしている相手を逆に殺すしかない、となったとき、どうするのか正義か。人数が多いほうを守るのが正しいのか、自分より他者を優先すればいいのか?

この作品では一貫している。世界は残酷なんだ、戦え、である。自分と自分の大切なものを守るためなら、他者を傷つけることを厭わない。正義とかどうとかいう問題ではない。むしろ悪だと名言されている。それでもやるのが進撃である。

敵が強盗とか、ライナーアニベルトルトだけのときはまだ簡単だった。壁外人類全員、となってさすがにみんな迷う。エレンも迷う。けれど自分と仲間のために戦うことを選んだ。

 

「自分を大切にする」という思想の究極系だと思う。自分と他人を天秤にかけたとき、どちらを取るか。天秤の振れ幅は生死しかない。死にたくなければ殺すしかない。そして乗っている数が違う。自分と壁内人類に比べて、数十倍とか数百倍の人間があちらの天秤に乗っている。

自分たちを諦めて多数を救うべきか? 初代王はそうしたのだ。いずれ訪れる死を受け入れて、安らかな平穏を享受していた。それを否定して、壁外人類を皆殺しにしてでもみんなを助けようとしたのがエレンである。

 

これかっこいいなあ。このテーマで自分も書いてみたいかも。うまく言葉で言えない。

 

これ逆視点だったらどうだろうか。物語はエレンがヴィリーを襲撃するところから始まる。どうやら昔エルディア人が世界を支配していたらしいよ、今はおとなしいけどこれからどうなるかわからないね、おとぎ話でしょう? そこに進撃が現れて、全てを破壊しつくす。戦槌も食われ、軍隊も知らない大型巨人に全部倒されて、彼らは去っていく。

これからどうやってあの悪魔を倒す? どこかの子供が「駆逐してやる、全てのエルディア人ども、一人残らず」と思ったかもしれない。子供ながら銃を持った子もいただろう。それでどうなる?

奪われた巨人の力を取り戻しにマーレがパラディ島へ攻めに行った。ところが突然ものすごく大きな巨人が現れて、幾千万の巨人を引き連れて大地を踏み鳴らしてくる。どうすればいいんだ?! 抵抗虚しく、7割の大地は踏みつぶされて、ただし彼らは内輪もめで勝手に止まりました、ちゃんちゃん、というお話。マーレ視点で見たらクソゲーすぎるというか救いがなさすぎる。別に善悪じゃない、そっち視点から見たら壁内人類はあまりにも暴力的である。巨悪が現れて、世界を滅ぼしました、というだけの話だ。

主人公がエレンの側だからこそちょっと考えさせられる話である。

 

 

 

物語の仕組みがすごかった。シナリオのトリックとか伏線みたいなものがメインの作品のはずが、途中からキャラクターがすごく立ってしまってファンも付いて、作者は困ったんじゃなかろうか。

また今度読み返そう。