世界はあいまいで、人間がそれを切り分ける
丸海てらむです。
最近ひろゆきが人気だ。youtubeのおすすめに出てくるし、切り抜きが何十万再生もされていたりする。ツイッターでネタにされていたりする。
なんとなく頭が良い人ってイメージがあったけど、よく考えるとひろゆきより頭の良い人とか分別のある人は他にもいっぱいいる。なぜ人気なのか。ただ頭がいいからというより、「断言するから」じゃないかなあと思ったりした。
昨今、特に令和になってから、あいまいな言い方をすることが増えた。「○○だと思われる」「○○な可能性がある」とか。自分も働いているときそうだった。ハッキリこうですと断言できることって世の中にほとんどない。正確に誠実に話そうとすればするほど、あいまいで例外を残した言い方をすることになる。
要するに世界はあいまいなのだ。いろんなものの変化は連続的で、どこが境目かハッキリしないことがいっぱいある。具体例を出すのは難しいが。
で、たぶん人間はもともとそういう曖昧さを曖昧なまま処理するのが苦手なんだと思う。似たようなものを括って名前を付けて、〇〇であるものはこういう性質を持っている、〇〇な場合にはこうすると良い、と覚えていく生き物なんだと思う。
例えば性質の違う○○と△△があるとして、「○○と△△の間くらいだけど、どっちかというと○○に近い」みたいなものがあったとしたら、人間どうしていいかわかんなくなる。だいたいここに新しく◇◇という名前を付けて、新しく◇◇のときはこうするのだ、と覚えてしまう。
対戦ゲームでよく見る現象である。例えば起き上がりの択で「ガード」「グラップする(投げ抜けのこと)」をバランスよくタイミングを読まれないように組み合わせたほうが良い、という状況があったとする。機械だったら「起き上がりから1フレーム経過するごとに、nの確率でグラップを行う」とするんだろうけど、人間の脳みそにサイコロはないので以下のようになる。まず「ずっとガードする」と「起き上がったらすぐグラップする」の二つを覚える。次に「起き上がってから少し待ってグラップする」を覚える。次に「起き上がってから本当にちょっとだけ待ってからグラップする」と「起き上がってからかなり待ってグラップする」を覚える。
それぞれ格ゲー用語で言うと「ガードしっぱなし」「最速グラップ」「遅らせグラップ」「ちょい遅らせグラップ」「最遅グラップ」といった具合である。本当は、理論上は起き上がってから1フレームが経過するごとに「グラップするかしないか」という択が発生しているはずなんだけど、人間はこれをざっくり4段階くらいの時間に分けて処理している。初級者だと2段階くらいかもしれない。
この例え誰がわかるんだ。
で話を戻すと、人間は連続的だったり曖昧なものをそのまま処理できないので、小分けにして名前を付けたがる、ということが言いたかった。白と黒とに分けるとも言う。二元論、全部かゼロかで考えたがるというのも、頭が悪い人がそうというより人間の元来の性質がそうなんじゃないかと思う。そして頭が慣れるごとに曖昧さについていけるようになる。
ひろゆきが人気なのは、ばっさり言い切ってくれるから聞いてて気が楽になる、ってとこなんじゃないかと思う。曖昧な世界と曖昧な説明を見てオイどうすりゃいいんだこれってなってるとこに、ズバリ「これはこうです」「こうしてください」「これが正しいです」って言ってくれる。ほんとに正しそうな自信ありげな顔で。それで迷いとか混乱が消えて単純な理解が得られる。自分もぼうっと聞いてるとなんかそんな気になってしまう。
眠れなくてベッドの中でなんかこんなことを思いつき、書きに来た次第。
書いてみたらなんかぐちゃぐちゃしててあれですね。自分自身夜に思いつくくらいだから今頭の中で整理している最中なのかもしれない。
自分はなるべく曖昧なものを曖昧なまま処理したいなあと思っているわけです。そのほうが後々良いような気がしている。なんとなく。疲れるのでたまに適当なことを言い切ってしまうとなんか楽にもなる。バランスが大事そうだ。
おやすみなさい。